「宇宙の声」系の話・・・17
ビリギャルならぬ「ビリ男」君をポツポツ輩出しているオレですが・・・。
川の流れを変えられないように、人を変えることは本来出来ないとオレは思っているんすよ。
出来ることは、元からあったものを
「発掘」
すること。
とはいえそれをするのにも、
「大人が本気で対応すること」
そしてその為の、
「莫大な精神エネルギー」
が要ります。
オレは生徒が帰ったあと、これくらい疲れます。
1人が数人を見るのだって厳しい。
ましてや1人で3~40人任されている教師に、そういったことを期待するのは酷ってもんですよ。
もっとも教師はそういった現状を理解した上で、
「それでも、この私がやります」
と名乗り出て教職についているわけだから、ヤル気くらいは見せて欲しいっすけどね。
とはいえ、やっぱりこういうことは本来は親の一人一人がやるべきことでしょう。
親の一人一人が、
子供ともっと丁寧に接し、その中に眠る力を丁寧に引き出していく。
これがオレの提案です。
今そういったことは殆どされていないというか、逆のことをしている、そうなるようにしむけられていることが多いくらいっすよね。
それにはもちろん意図があるわけですが。
その為には、
「普段の生活」
の中に、余裕が必要なんす。
それ無しに、ただ、
「頑張ります!」
ってだけでは、現実には継続は無理なんす。
だから、心当たりがある人も、自分を責めることはないっすよ。
それは出来ないことだったのであって、あなたに根性が無かったわけではないんすから。
何か特別なことを、しなくてはいけないわけではないんすよ。
それだったら、ある意味簡単っすよね。
繰り返しますが、何をするかが問題ではないんす。
そうではなく、
一つ一つのことを、意識をもって行う、
『意識的に生きる』
ことです。
意識をこめて、
「おはようございます」
と言うことです。
話しかけられたら、
意識をこめて返事をすることです。
手を握られたら、
意識をこめて握り返すことです。
多くの人は、起きていても意識が無いっすよね。
洪水の様な刺激の中、
「反射」
で生きている。
意識をこめないことの連続なので、いつまでも心が満たされず、消耗→消費のサイクルから抜け出せないままになってしまうんすな。
ここまで分かっているオレでも、
「地域清掃活動」
「出会う人の飛躍を助ける」
といった、
「良いこと」
に夢中になっているうちに、
「意識」
を無くしてしまったんすな。
油断ならんもんっすよ。
それで、宇宙の声が聞こえなくなった。
つまり自分が分からなくなったんすな。